愛知医療学院短期大学

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教員リレーコラム

「便乗して...」

齊藤 誠 [理学療法学専攻]

 先週の山田先生がイチロー選手の話題を出されていたので,便乗してみようかと思います。

 イチロー選手の引退会見で印象深かった発言の一つに、

「頭を使わなくてもいい野球になりつつある」

 が挙げられます。セイバーメトリクス※の各種指標が当たり前のように使用されるようになり,守備位置や打ち方、戦術なども科学的に分析され,大きな変化を見せています(極端な守備シフトに対するフライボール革命やオープナーの導入など)。

 統計学に基づく評価によって,現時点(より正確にいえば過去の結果)で考えうる「最も勝ちやすい方法」を提示することができると思われます。
 
 こうした解析が進んでくると、ある特定の特長(フライボール革命ではスイングスピードが速く、ボールの下を打てる)を持った人間が特定の作業を繰り返すことを求められるようになるかと思います。そこにはプレイヤーとして「考える」余地は極めて少なくなり、イチロー選手の引退会見での発言に繋がっているのではないかと推察しています。

 私は野球の関係者ではないので、この流れが良いか悪いの言及は避けますが、イチロー選手は「流れは変わらないだろう」と述べられていました。

 リハビリテーションにおいても、EBM(Evidence Based Medicine)という言葉が聞かれて久しく、EBMの一環として様々なガイドラインが発行されています。

 ご案内の方も多いかと思いますが、ガイドラインとは「エビデンスのシステマティックレビューと複数の治療選択肢の利益と害の評価に基づいて、患者ケアを最適化するための推奨を含む文書」(米国医学研究所:Institute of Medicine 2011)であり、もう少し簡単に述べるなら「過去のデータから最も適切だと思われる方法を提案する文書」といった感じでしょうか。

 現時点で有効(とされる)治療方法が、ガイドラインを読めばわかるという現状は、上に挙げた野球の例に似ていると感じませんか?

 このガイドライン自体は非常に有用であり、リハビリテーションの分野においても発行されています。しかし、注意したいこととして、ガイドラインはあくまでも過去の研究成果から効果的な治療を提案しているものであり、すべての患者さんに適応できるものではありません。このガイドラインを考えなしに当てはめてEBMを実践しているつもりにならないよう注意しなければならないと思います。患者さんが抱えるのは病気だけではなく、様々な生活背景や環境などを考慮して、ひとりひとりに合わせたリハビリテーションを考えていく必要があります。

 学生であれば特に、ガイドラインを絶対的な正解だと思っている場合もありますが、リハビリテーションに絶対的な正解はなく、患者さんやその他の医療従事者と協力してより良い生活が過ごせるように支援していくことが重要であると思います。

 少なくとも医療、リハビリテーションにおいては、まだまだ「頭を使う」必要があると思います。大学生活を通して、考える力を養っていってください。


※アメリカ野球学会の略称SABR (Society for American Baseball Research) と測定基準 (metrics) を組み合わせた造語である。野球の様々な測定指標の重要性を数値から客観的に分析し、采配に統計学的根拠を与えようとした(参考:Wikipedia「セイバーメトリクス」

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