愛知医療学院短期大学

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教員リレーコラム

学習帳と虫嫌い

石黒 茂 [作業療法学専攻]

昨年末のことになるが、「2年前から、○○社は長く小学生に使われている学習帳の表紙に昆虫の写真を使うことをやめていた」というニュースが報道された。このノートは私の子どもも使っていたのでよく覚えているが、表紙を飾る昆虫の写真は実に素晴らしいものだった。この写真は一人のカメラマンが世界各地で撮り続けてきたもので、質の高いものだ。昆虫写真をやめることになったきっかけは、親や教師から寄せられた「娘が、昆虫写真が嫌でノートを持てないと言っている」「授業で使うとき、表紙だと閉じることもできないので困る」などの声だったそうである(平成26年11月28日YaHoo!ニュース)。
こんな声は、10年前から出始めていたようであるが、保護者だけでなく教師からの声もあったのかと驚いた。小学校での生活科や理科の授業は一体どうなっているのかと心配になる。虫嫌いの子どもが虫嫌いの大人となり、さらに子どもを虫嫌いにし、虫嫌いは増幅していくだろう。  
私が子どもの頃(もう50年も前のことだが)、昆虫採集は子どもの定番で、それがきっかけで医学や生物学の有名な学者になった人も珍しくない。私の高校勤務時代の教え子の中にも、昆虫採集で生物に興味を持つようになり、生物系の道に進んだ者も少なからずいる。
昆虫採集が下火になっていった理由の一つに、自然保護の観点から、昆虫採集が昆虫の減少の原因だと叩かれたことがある。マナーの悪い収集家が一部いたことは事実だが、昆虫採集が原因で昆虫がいなくなるということなど考えにくい。根本原因は土地開発や土木工事、伐採などで人為的に昆虫が生息する環境を破壊してきたことにあるはずだ。昆虫は食草や蜜を吸う花の生育状況など周りの自然環境に強く依存するからである。
昆虫採集が行われなくなれば、子どもが虫に触れる機会は絶対的に減る。いくら観察することで自然に触れさせようとしても、植物ならともかく動く昆虫では難しい。観察するにも自分で実際に触り、実感しなければ、生命の重みは感じ取れない。見ているだけでは、そこらの動くおもちゃと同じになってしまい、親しみも湧かない。そして、生物をおもちゃやロボットのように捉えてしまう。こんな生命観に陥ってしまえば、生物をゲームのキャラクターのように捉える人間も出てきても不思議ではない。「人を殺してみたかった」-老人を殺害した某大学の女子学生の言葉-を思いだし、学習帳の表紙から昆虫が消えていく時代を憂慮している。

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